8年ぶりに、わたしをバイク乗りにしたファットボーイと再会した話
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この記事のバイク
Harley-Davidson Low Rider ST
目次
この記事のポイント
20歳の夏、大学の先輩に一度だけタンデムさせてもらった15分が、わたしをバイク乗りにしました。8年後、ツーリング先の道の駅で、あの日のファットボーイと偶然再会。今はハーレー専門のカスタムショップで働く先輩との、8年ぶりの会話をそのまま記事にしています。
道の駅の駐輪場で、足が止まりました。
グレーがかったオリーブみたいな色の、丸くて太いタンク。地面を押しつぶしそうな前後の極太タイヤ。ホイールが、スポークでも星型のキャストでもなく、放射状にスリットが入った円盤みたいな形をしています。
ハーレーのファットボーイでした。それも、あのホイールの形からして2018年式。ソフテイルのフレームが全部作り直されて、エンジンがミルウォーキーエイトに載せ替わった、あの年のモデルです。
その場で完全に固まりました。だって、わたしがバイクに乗り始めた理由が、目の前に停まっているので。

20歳の夏、15分だけ後ろに乗せてもらった
わたしがバイクに乗り始めたきっかけは、大学の先輩に一度だけタンデムさせてもらったことでした。
2つ上の、ナギ姐さんという人です。サークルの先輩で、当時から大型に乗っていて、卒業を前にした年にファットボーイを買いました。納車されたばかりの日、たまたま部室にいたわたしを見つけて、ひとこと「乗る?」と。
ヘルメットを借りて、後ろに乗って、たぶん15分くらい走っただけです。
でも、あの15分がすべてでした。

信号待ちで足元から伝わってくる、エンジンの重い鼓動。加速したときに体が置いていかれる感じ。風の音。前に座っている人の背中が、やけに大きく見えたこと。降りたときに脚に力が入らなくて、笑いながら「なにこれ」と言ったのを覚えています。
そこから免許を取って、中古の250から始めて、何台か乗り継いで、今は3台と暮らしています。全部あの15分から始まりました。
ナギ姐さんはその年に卒業して、連絡は自然と途切れました。SNSをやらない人だったので探しようもなくて、そのまま8年です。
「……あー! ミツキじゃん」
ソフトクリームを持った人が、こっちに戻ってきました。両手に1つずつ持っています。
日焼けした肌に、短い髪。飴色になるまで着込んだ革ジャン。8年経っていたのに、シルエットで分かりました。
「……ナギ姐さん、ですよね」
「え」
ソフトクリームを両手に持ったまま、しばらくこっちを見ていました。それから、片方の口角が上がりました。
「……あー! ミツキじゃん。うわ、久しぶり」
「うそ、ほんとにナギ姐さんだ。え、待ってください、心の準備が」
「何の準備」
笑われました。8年ぶりなのに、この軽さです。心の準備をしていたのは、どうやらわたしだけでした。
「ていうか、その手」
「ん?」
「両手にソフトクリーム持ってる大人、初めて見ました」
「ミルクと抹茶で迷ったから」
「それで両方買ったんですか」
「そう」
「変わってない……!」
思わず声が出ました。大学のときも、学食で迷った末に定食とカレーを両方頼んでいた人です。「食う?」と抹茶のほうを差し出されて、いいですと断ったら、本気で不思議そうな顔をされました。この人の中では分け合うのが親切らしいです。

ロウさんを見た瞬間、人が変わった
「で、今なに乗ってんの」
ロウさん(Harley-Davidson Low Rider ST)を指差した瞬間でした。
ソフトクリームを両手に持ったまま、つかつか歩いていって、そのまましゃがみ込みました。
「あー、STか。いいなこれ」
そこからが長かったです。

リアまわりを覗き込んで「これ、ストローク56ミリしかないから、荷物積んで飛ばすとすぐ底つくでしょ。プリロードは? シート下のダイヤル回すだけだから、一段上げるだけで全然違うよ」。シートに手を置いて「ソロのままなんだ。ロングばっかり行くなら、ツーアップのやつのほうが座面が広いぶん腰にくるの遅いよ」。
そのあとフェアリングの話と、ハンドルの高さの話と、タイヤの銘柄の話が続きました。わたしは「はい」と「へえ」しか言っていません。ソフトクリームは両手で溶けていました。
「ナギ姐さん、ナギ姐さん」
「ん」
「溶けてます。あと、めちゃくちゃ喋ってます」
手が止まりました。
「……ごめん、喋りすぎた」
ばつが悪そうに立ち上がって、溶けかけたソフトクリームを慌てて舐めていました。数分前まで「え」と「ん」しか言わなかった人と、同じ人とは思えません。
そうだ、この人バイクの話になると人が変わるんだった。おかしくなって笑ったら、軽く肩を叩かれました。

で、結局なにが言いたかったかっていうと。いいバイク乗ってるじゃん、っていう話
書く側から、触る側へ
今なにをしているのか聞いてみました。
大学を出たあとはハーレーとカスタムの専門誌を出している会社に入って、4年ほど取材と撮影をしていたそうです。それから辞めて、今はハーレー専門のカスタムショップで働いていると。
「書く側より、触る側に行きたくなってさ」
入ってから整備士の資格も取ったらしくて、そこはさすがだなと思いました。ただ、本人はあまり嬉しそうではありません。
「なのに店頭に出されるんだよ。イベントも駆り出されるし」
「絶対人気ですよね、それ」
「あたしは奥で組んでたいんだけどね」
雑誌で取材と撮影をやっていた経歴を買われて、広報みたいな仕事を任されているそうです。写真を撮るのも、店のアカウントを回すのも仕事のうち。
「じゃあ写真撮らせてください!」
「やだ」
「即答」
「え、お店のインスタ撮ってるんですよね?」
「撮るのはいいの。撮られるのが無理」
そう言いながら、わたしのスマホを取り上げて「あたしが撮る」と言い出しました。
「もうちょい下がって。うん。顎引いて。あー、いいじゃん」
気づいたらロウさんの横でポーズを取らされていて、10枚くらい撮られていました。あとで見返したら、自分で撮ったどの写真より明らかに良かったです。ちょっと悔しい。
ナギ姐さん本人は、粘って3枚だけ撮らせてくれました。そのうち1枚は、あとから確認されて消されました。
「あんた、その格好」
並んで自販機の前に立ったとき、いきなり言われました。
「あんた、その格好」
「え」
「あたしと一緒じゃん。色が違うだけで」
言われて、初めて気づきました。
黒い革ジャンに、白いタンクトップ、色落ちしたデニム、エンジニアブーツ。ナギ姐さんは同じ組み合わせを、飴色の革と生成りで着ています。並ぶと、シルエットがそっくりでした。
「……あ」
「な」
「いや、これは、その」
顔が熱くなりました。8年かけて少しずつ買い足して、自分の形にしてきたつもりだったんです。全部、あの日見た背中でした。
「気づいてました?」
「今気づいた」
そう言って、また片方の口角だけ上げて笑われました。ずるい。
伝えたら、黙られた
帰り際に、言っておこうと思いました。8年間、一度も伝えられなかったので。
「あの日がなかったら、わたしバイク乗ってないです」
ナギ姐さんは黙りました。
さっきまでソフトクリームを溶かしながら喋り倒していた人が、急に黙ったんです。こっちが焦りました。重かったかな、と思って。
それから、短く返ってきました。
「……そっか」
「じゃあ、乗せてよかった」
それだけです。感動的なことは何も言われませんでした。でも、たぶんこの人はそういう返し方しかしない人で、だからこそ本当なんだと思いました。
ちょっと泣きそうになったので、慌てて自販機のほうを向きました。
覚えていたのは、わたしだけじゃなかった
連絡先を交換しながら、ずっと聞きたかったことを聞いてみました。整備の話です。
「わたし、電装だけどうしても駄目で。配線図を見ると頭がバグるんです」
「あー、いるいる、そういう人」
「お店、そういうのも見てもらえますか」
「見るよ。持っといで。工賃はまけないけど」

電装だけは無理しないこと。あそこ触って燃やした人、何人か知ってるから
「そこはまけてくださいよ」
「まけない」
それから、思い出したように言われました。
「あんた、あのとき腰抜かしてたじゃん」
「え」
「降りたあと、脚に力入んなくて笑ってたでしょ。あれ見て、こいつ絶対バイク乗るなって思ったんだよね」
わたしだけが覚えている15分だと思っていました。そうじゃありませんでした。
「オイル交換くらいは自分でやりなよ」
「やってますー」
「だろうね。さっきの話しぶりで分かる」
ファットボーイのエンジンがかかって、あの重い鼓動が地面から伝わってきました。20歳のわたしを持っていったのと同じ音です。
手を上げて、走っていきました。振り返りもしません。相変わらずでした。

ナギ姐さんは「じゃあ、また今度」で本当に終わらせる人です。8年前がそうでした。
なので今回は、こっちから連絡します。

バイクを始めるきっかけをくれた人って、みんなにもいるのかな。よかったら教えてね
GARAGE 3 のバーチャルナビゲーター
ロウさん・ハチ・カブちゃん、3台と暮らす運営者の体験を、わたしの目線でお届けしてるよ!
執筆・編集: GARAGE 3 編集部
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